« File.73 セクション選び | トップページ | File.75 新宿プラザ劇場が休館 »

2006年11月17日 (金)

File.74 託されたシャシン

前の2回の記事(参照 File.72 セクション配置)(参照 File.73 セクション選び)で映画館の各セクション(部署)の仕事内容と適性をご紹介し、ご反響を頂戴いたしました。どうもありがとうざいます。今後も映画館のお仕事については機会をみて触れていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
今回も映画館のお仕事に関連する内容として、映写業務意識について述べてみたいと思います。

映画制作には多くの人間の力が必要なのはみなさまご存知の通りで、劇場公開映画作品は数多くのスタッフの努力が積み重なって世に送り出されます。とくにハリウッド大作ともなれば関わるスタッフの人数や製作費は膨大なものとなることも珍しくなく、企画立ち上げからスタートして最終的に劇場で公開されるまで、実に長い道のりを経て私たちは鑑賞できるのですね。

大作映画ではエンドクレジットで延々とスタッフ&キャストの名前が流れますが、その一人一人が作品の制作のために努力をしてきました。エンドクレジットは関係者全員の名前が登場するわけではないので間接的に関わった人やエキストラ、関連会社、裏方さん、ボランティア、関係機関など有形無形問わず名前の登場しない人や組織も含めればその何倍、何十倍もの人間が多かれ少なかれ制作に関わっていることになります。
完成した作品は映画現像所で公開プリントが作られ劇場に配送、公開日を迎えてようやくみなさんのお手元(?)に届くのです。

なぜこのような前置きをしたかというと、このことを映画館のスタッフ、とくに映写スタッフには意識しておいてほしいからです。

前述のように映画は無数の人と人との関わりがあり、多くの才能・知恵と技術、資金を投入して生み出されてきます(例外もあるかもしれませんが…)。企画から長い過程を経て劇場公開までたどり着くのですね。例えるならばひとつの作品を各分野の専門家がリレー方式で受け渡して完成させていくようなもので、最終走者は映画館のスタッフになります。
つまり映画館のスタッフは最終走者としてバトンを観客に手渡す責務があるということです。今回の表題「託されたシャシン」のシャシンとは制作や興行の世界で使われる言葉で映画作品のことを指しています。

映画会社は制作スタッフが精魂込めて作り上げたきた自信作=シャシンを映画館に託します。言い換えれば映写スタッフはシャシンを責任を持ってお客様に提供することが仕事です。もしも上映トラブルやプリントにダメージを与えるなどしてお客様にご満足いただけない上映となってしまったら、今まで努力してきた製作陣の苦労はその一瞬で台無しになってしまうのです。

映写スタッフには上映準備のプリント編集作業をはじめとして、上映に関わる作業を慎重・丁寧に行うのは当然のこと、少しでも作品のクオリティを忠実に再現する映写技量が求められます。せっかく映像・音響が作りこまれた作品だとしても映画館の上映環境が貧弱であったり、スタッフのオペレーションが良くなければ作品の力をお客様にお伝えすることは難しいのです。

また映画は基本的に直接作り手が鑑賞者に作品を提供することができないことも重要なポイントです。どういうことかというと絵画や彫刻、写真などの作品は制作者が制作から構成、展示にいたるまですべてを一人でコントロールすることができます。ギャラリーの選定や作品の展示方法を作家本人が自由に構成することが可能なわけです。
しかし劇場公開映画はそうはいかず、監督が映画館で直々に映写機を回すことはありませんし、公開劇場を選ぶこともできません。作品は監督ら制作者の手を離れ、映画館と映写スタッフが上映における権限を持つことになります。

そのため制作陣は上映には関われないからこそ作品の最終調整にいたるまで綿密にテストを繰り返して、少しでも狙い通りの表現になるように苦心します。最終的な上映は自分たちのコントロール範囲ではないわけですから、プリント完成ギリギリまで作りこんで最高の状態でシャシンを映画館に託すのです。映画現像所でもプリントの品質管理には気を配り、様々なチェックを行ったうえでプリントを発送します。

こうして完成された作品が狙い通りのクオリティで上映されていなかったら、制作スタッフはどれだけ悲しく思うでしょうか。これは表現活動をしている方には切実な問題であり、個展を開いたことのある方などはよく分かるかもしれませんね。
作品がピンボケで上映されていたり、映写ランプの寿命が来たような暗い画面で上映されていたとしたら撮影スタッフは辛いでしょう。音が割れた音響や、台詞がこもった再生環境であれば録音・音響スタッフは不本意でしょう…。

余談になりますがこういったトラブルを防ぎ、作品本来の映像と音響を忠実に再現するために研究開発された規格が、ルーカス・フィルムが最初に提唱したTHXシステムです(THXについてはいつか日を改めてご紹介する予定でおります)。THXは劇場設計構造を規格化することで、制作環境に近い映写環境を一般劇場において実現することを目的としたライセンス制度で、国内にも多数のTHX認定劇場が存在しています。基本的に理論上ではTHX認定劇場は映画の録音場所(ダビングステージ)と同等に近い音響再生が可能とされています。

映写知識のある人間が映画館で映画を観ればその映画館の映写意識や姿勢がいくらか感じ取れるものなのですが、きめ細かく気を配った高い映写意識で上映をしている映画館は意外にも少ないようです。
映写の知識や技術を身につけていても、良質な映写を目指そうとする意識がなければ技術はうまく機能しません。まずは技術を身につけるよりも、より良い映写品質を目指すことを追求していくことのほうが映写スタッフには大切なようにも思えます。そうすれば自然と実技は身についていくはずなのです。

またこれは映写スタッフだけにとどまらず他のセクションにおいても同様に言えることで、例え良質な映写であってもロビーなどでスタッフの対応が悪ければ楽しい映画鑑賞も後味が悪くなってしまいます。ひいてはそれが劇場のみならず、作品の印象にまで影響することも珍しくはありません。「映画は良かったけど映画館の接客が良くなかった」というお客様の声は方々で耳にします。悲しいことです。

今回はお堅いお話になってしまいましたが、映画館スタッフはエンドクレジットに掲げられた多くの人々からバトンを受け取っていることを意識して勤務していただければと切に願います。長い製作時間を考えれば一瞬に過ぎない上映時間ですが、お客様が映画を鑑賞するその一瞬をお預かりしているということ、エンドクレジット全スタッフの名前を自分たちが背負っている、そう意識することでお客様に満足いただける劇場へと一歩近づくことができるのではないか…、そう思えてなりません。

|

« File.73 セクション選び | トップページ | File.75 新宿プラザ劇場が休館 »

映写のお仕事」カテゴリの記事

映画の知識」カテゴリの記事

映画・テレビ」カテゴリの記事

映画上映設備」カテゴリの記事

映画館のお仕事」カテゴリの記事

映画館のお話」カテゴリの記事

コメント

月夜野さんもご存知のように「オペラ座の怪人」行脚(?)をしている私・・・。
こんなにいろいろな映画館で同じ作品を観たのは初めてでした。それゆえに映画館によって同じ映画でもこんなに観た後の印象が変わるのかと目から鱗でした。

普通は映画は一度しか観ないことが多いはずですから、できれば最高の状態とクォリティで鑑賞したいものですね。

私はエンドクレジットは作品の余韻に浸りつつ、製作スタッフに敬意を払って必ず最後まで見ています。でもそれ以外にも携わっている方がたくさんいるのですね。
ひとりひとりに感謝しつつ、監督も満足するような上映を期待しています。

投稿: Angelita | 2006年11月18日 (土) 01時24分

月夜野さん,はじまして.今回初めてコメントさせていただきます.毎回大変興味深く読ませていただいております.わたくしは,関東のとあるシネコンで映写をしているのですが,今回の記事を読ませていただいて映写に対しての責任というものに共感しました.

>きめ細かく気を配った高い映写意識で上映をしている映画館は意外にも少ないようです.

私が働いているところもその一つだと思います.学生アルバイトが多いせいか,ただ毎回事故もなく上映できればいいじゃんみたいな雰囲気がただよっています.

月夜野さんがおられる映画館は記事を読んでいて大体想像出来るのですが,映写マネージャーがその点しっかりしているのでしょうか?映写アルバイトの映写に対する姿勢というのもやはり高いのでしょうか?

投稿: プラダのフィルムは汚いよ | 2006年11月19日 (日) 00時32分

Angelitaさん、こんにちは。
本当にその通りで、映画館によって映画の印象は変わります。それには多くの要因が重なっての結果ですが不思議なものですね。映画館に詳しい方には気分や作品によって映画館を選ぶ方もいらっしゃるんですよ。

Angelitaさんのブログを読んでいると、定評のある映画館が多いので、『オペラ座の怪人』は高いレベルの映写で鑑賞された回数が多いことと思います。

エンドクレジット、私も席を立たないようにしています。感謝の気持ちと、余韻に浸るこの時間は映画館ならでは(^^)

投稿: 管理人:月夜野 | 2006年11月19日 (日) 07時06分

プラダのフィルムは汚いよさん、ご来訪ありがとうございます。
シネコンで映写業務をされているのですね。本業の方にお越しいただくとは恐縮です。

映写の仕事は、映画をお客様が体験(鑑賞ではなくあえて体験と書かせていただきます)する最初の場を提供すること、それは一回きりしかありませんからミスは無いにこしたことはありません。
それでも機械トラブルや人的ミスも完全に防げるわけではないので、トラブルが無いように努めることが大事ですね。

>毎回事故もなく上映できればいいじゃんみたいな雰囲気がただよっています.

事故が無いように努力をするということは素晴らしいと思います。それに加えて品質を意識できれば申し分ないと思います!

仰るようにシネコンであれば映写MGの取り組み方がスタッフの映写意識に大きく作用します。MGがスタッフを教育しなければ、意識は育ちません。
それでも向上心のあるスタッフは自分で試行錯誤して学んでいくのですが、「映っていれば・鳴っていれば」それでOKの仕事で止まってしまうスタッフもいます。そこは個人次第ですね。

やはりMGや責任者がスタッフを教育する責任は大きいと思います。たとえどんなに上質の箱を作っても、運用するスタッフが対応できなければ意味は無いのです。こうなるとTHXですら宝の持ち腐れ。
逆に責任者が上質な映写を目指そうと啓蒙していれば、スタッフもおのずと影響されます。面倒がって辞めるスタッフもいるかもしれないですが、映写の仕事はそういうことだと理解してもらえれば自然に身につくのではと考えます。

逆を言うならスタッフの意識が低いのはMGの責任によるところが大きいといえます。

投稿: 管理人:月夜野 | 2006年11月19日 (日) 07時20分

月夜野さん、こんばんは。
個人的に映写品質にはこだわりがあるほうなので、今回のお話は
大変共感いたしました。

自分は映画館で映画を見ることは創り手及び映画館と自分との
一期一会だと思っています。創り手の意図したもの、伝えたい
ことが、その映画館で観たという記憶と共に思い出になる・・・
そんな映画体験がとても好きです。

映画館スタッフの方の映写意識の向上を切に願います。

投稿: マモラ | 2006年11月20日 (月) 01時24分

マモラさん、こんにちは。

そうですね。映画館で映画を観ることは一期一会の出会いです。その一回しかありません。映画館で観た記憶として思い出に残っていきますね。

「シネコンではその映画館で観た記憶が残りにくい」という意見を聞いたことがあります。人それぞれでしょうけど、それだけ映画館が観客に与える印象が異なる実例かもしれません。

劇場設備の高品質化によって映写品質を気にするお客様が増えています。もっともっと気にする方が増えてくれたらと最近は思います。観客が映写品質を求めることは、映画館にも品質管理を要求することとなり、結果としては映画館の意識向上にもつながると思うからです。

浅学の私ごときがエラそうに言うことではないんですが(-ω-;)

投稿: 管理人:月夜野 | 2006年11月21日 (火) 03時50分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/30969/4203743

この記事へのトラックバック一覧です: File.74 託されたシャシン:

» つれづれよしなし [film, football, aqua et bleu]
世の中に映画館は多い。 そして、自分の記憶はあいまいだ。 って。 トイレの記憶は大事だよ。 スポーツ。 えー。バレーの合間のWaTは、負けてる試合は映る回数少なくね? 競馬、エリ女。 カワカミプリンセス降着。強かったのになー。 主戦・本田騎手は引退も示..... [続きを読む]

受信: 2006年11月24日 (金) 13時12分

« File.73 セクション選び | トップページ | File.75 新宿プラザ劇場が休館 »