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2007年2月28日 (水)

File.84 フィルムと検査機

先日興味深いニュースを目にしました。

「LOST」撮影フィルムが、空港の手荷物検査機で消去される!
人気ドラマ「LOST」の撮影済みフィルムが、空港のX線検査装置で消去されるというアクシデントが発生した。事件が起きたのは「LOST」のロケが行われているハワイのホノルル空港。フィルムの缶には、X線検査装置に通さないようにとの注意書きが貼られていたのにも関わらず、係員が機械に通してしまったため、すべての収録映像が台無しになったという。消去されてしまった場面を撮り直すためには、30万ドル(約3600万円)の経費がかかるようだ。
2月20日21時33分配信 eiga.com

何とも不運な事故です。未現像フィルムを移送する際にはX線検査機に対して十分な注意と配慮が必要なのですが、それが何らかの理由で機能していなかったようですね。

今回はこのニュースに関連して、撮影フィルムと検査機との関係についてご紹介いたします。

映画の撮影媒体の大部分には映画用35mmフィルムが使われています。ご存知のようにフィルムは感光材が光を受けることで化学変化(感光反応)を起こす性質を利用しており、撮影時にキャメラレンズを通してフィルム感材面に当てられた光線によって像が形成されています。
フィルムは照明光や太陽光はもちろんのこと、放射線にも感光します。一例としてはチェルノブイリ原発事故直後に撮影されたニュースフィルムに大量の白いノイズが映し出されるのですが、これは原子炉から大気中に放出された放射線物質によってフィルム全体が感光していることを如実に表しています。

そのため放射線を利用する荷物検査機へ不用意に未現像フィルムを通すと同様に感光してしまう危険があり、感光すれば被害の程度にもよりますがカブリと呼ばれる濁りや縞模様が写って使い物にならなくなってしまいます。

・検査機について

空港の荷物検査機は主に2つの種別に分けられ、機内預け(受託)荷物用検査機と手荷物用検査機がありますが特に注意を要するのが機内預け荷物用検査機です。手荷物検査機は基本的にはフィルムセーフで運用されています。

現在フィルムにとって脅威となるのがこの数年の間に世界の主要空港に導入されている通称「InVision」と呼ばれる検査機です。主に機内預け荷物検査機として運用されており、特徴として危険物の被疑ある物品があったときに自動的にビーム出力を上げて探知する機能を備えています。この高出力(幅1cm/出力100-300 mR)は従来型検査機の数百倍にも達するX線エネルギーとなってフィルム画像を破壊してしまいます。


InVision検査機 CTX 2500

皮肉にも航空の安全を確保するために開発された機能がフィルムにとっては致命的なものとなりました。探査方法にも特徴があり、分かりやすく例えるなら従来型の検査機は被写体を平面状に捉える医療用レントゲン写真で、InVisionは立体的なCTスキャンのような構造になっています。

このInVisonに撮影用フィルムを通した際の感光率は100%と言われており、撮影者にとって最も注意を要する検査機器のひとつです。奇しくも映画フィルムが収められた金属缶や写真用35mmフィルムの金属ケース(パトローネ)はInVisionの出力を上げさせるだけのガード力があるため、容赦なく強力なX線を照射されてしまう原因となっています。
以前から撮影者の間では「フィルムは機内預け荷物にはしない」が常識となっていましたがInVisionの登場でこれは疑う余地がありません。InVisionは撮影者にとってまさに悪魔のような恐るべき存在なのです。

今回『LOST』のフィルムをLOSTさせてしまったのはほぼ間違いなくInVision検査機。ホノルル空港では実際にInVisionが運用されているからです。恐らくは別検査となるはずだった撮影済フィルムを係員が誤ってInVisionに流してしまったのでしょうね。
なお記事には「消去」とありますがInVisionにフィルムを通しても完全に画像が消滅してしまうことはありません。つまりは使い物にならないほど被曝感光してしまったということでしょう。なじみの薄い「感光」よりも分かりやすさを重視して「消去」の表現を用いたと推測しますがいささか誤解を招く恐れがあるように感じます。

現在InVisionは米国内主要空港と世界の主要空港を中心に50ヶ所以上で稼動しているといわれ、実際にどこの空港で運用されているかは保安上の観点から公表されていません。ホノルル(HNL)、ロサンゼルス(LAX)、ニューヨーク(JFK)等の他、国内空港では関西国際空港国際線ターミナルと成田空港第1旅客ターミナル南ウイング(国内線・国際線)・第2旅客ターミナル国内線で運用されているようです。将来的には手荷物検査機にも導入されると言われているので、撮影者は空港利用前に事前調査・準備をしておくことが大切ですね。

ひとつの目安としては荷物預けカウンターの手前に検査機がある場合は多くが従来型で比較的安全、無い場合(コンベアの奥で利用客から見えないところにあるタイプで、インラインインスペクションと言います)は危険。また検査機の概観が医療用CTスキャナのようなものは危険です。素人目には確実な識別ができないので運用係員に尋ねるのが良いでしょう。安全なものには「FILM SAFE」との表示があるはずです。

・検査機への対策

では撮影者はどのように自衛したら良いのでしょうか。写真などがお好きでフィルムを航空機や国際航路に持ち込むことがある方の参考になれば幸いです。
抜本的な対策は以下の通りです。

 ・未現像フィルムは検査機に通さない(航空会社や運送会社に預けない)。
 ・空港では手検査を。
 ・空港利用前に滞在先のラボで現像処理をする(現地でフィルムを購入)。

検査機からフィルムを保護する最善の方法はいかなる場合も荷物検査機にフィルムは流さないこと、これに尽きます。しかしながら現在の世界情勢を鑑みれば必ずしも要求が通るとは限りませんし、海外の空港ともなれば外国語で意思表示することにためらうこともあるかと思います。

ちなみに米国では米国連邦航空局(FAA)規則によって旅客が感光性製品の非X線検査を要求できる権利を認めています。撮影者の財産と権利を保障する点で評価できると思います。

108.17(e)
No certificate holder may use an X-ray system to inspect carry-on or checked articles unless a sign is posted in a conspicuous place at the screening station and on the X-ray system which notifies passengers that such items are being inspected by an X-ray and advises them to remove all X-ray, scientific, and high-speed film from carry-on and checked articles before inspection. This sign shall also advise passengers that they may request that an inspection be made of their photographic equipment and film packages without exposure to an X-ray system. If the X-ray system exposes any carry-on or checked articles to more than 1 mill roentgen during the inspection, the certificate holder shall post a sign which advises passengers to remove film of all kinds from their articles before inspection. If requested by passengers, their photographic equipment and film packages shall be inspected without exposure to an X-ray system.

FAA規則108.17(第108部--航空機運用者の安全性)(e)
認可保持者は、検査所およびX線検査システムの目立つ位 置に、機内持ち込み荷物または預託荷物がX線によって検査されることを旅客に告知すると共に、検査前にX線フィルム、科学用フィルム、および高感度フィルムを機内持ち込み荷物や預託荷物から取り出すように旅客に助言する標識を掲示しない限り、X線を使用して機内持ち込み荷物または預託荷物を検査することはできない。この標識はまた、旅客がその写 真機器やフィルムパッケージの検査を、X線検査システムを通 さずに行なうように要求できることをも、旅客に助言するものとする。X線検査システムが機内持ち込み荷物または預託荷物に1ミリレントゲンを超える量 を照射する場合、認可保持者は、すべての種類のフィルムを検査の前に荷物から取り出すように、旅客に助言する標識を掲示するものとする。旅客から要求された場合、旅客の写真機器やフィルムパッケージは、X線検査システムを通すことなく検査されるものとする。
 

まず基本的対策としてはフィルムは手荷物とすることです。手荷物検査機では通常ISO400までは安全とされており、国内空港ではISO1600までの安全が保証されています。なおこの安全基準はあくまでガイドラインであり、検査機の運用は空港のセキュリティ状況によって日々変更されます。また検査機に幾度も流すことがある長期渡航や、増感現像処理を行うフィルムの場合はさらに注意を要します。最悪の事態を想定しあらかじめ露出過多で撮影し減感現像を行う荒技もあるようですがこれは本当に緊急手段で非現実的すぎますね。


手荷物検査場

運良く検査機の使用を拒否して認められれば手検査が行われます。これは文字通り係員が手にとって目視検査をする方法で、場合によっては硝煙検査が行われることもありますね。手検査は時間がかかるうえに係員への負担を強いるので時間に余裕を持って検査ゲートに向かうことが条件となります。
機材を手検査する場合はキャメラやレンズが問題なく動作するかチェックされます。イミテーションか本物かどうか調べるためなので、シャッターや絞りなどの基本動作を求められるのです。

・管理人の対策法

ここで参考として管理人が行っている検査機対策をご紹介します。
個人的な経験からのやり方ですのであくまでご参考までに…。

  1. 基本的にフィルムは検査機に通さない!
    しかし保安体制によっては聞き入れてもらえないので、検査機に通されることを前提として準備をしておきましょう。
  2. カメラやマガジンからはフィルムを抜いておく。少しでも係員の負担を減らすために感光問題のないフィルム以外の機材は検査機に通せるようにしておきます。
  3. フィルムは一目でそれと分かるように露光しない程度まで裸にしておき、透明なビニール袋やプラスチックケース、ネットなどに収めて係員にすぐフィルムと分かってもらえるように準備をします。管理人は軽くて丈夫な洗濯用ネットで代用しています。
  4. 絶対に預け荷物にはしない。最重要ポイントです。
  5. 検査ゲートには誰よりも早く向かう。手検査は時間がかかるうえに検査係員へ負担を強います。お願いする立場なのでその他のお客様や係員へ出来る限り迷惑をかけないことが大切。
  6. ゲートの前でフィルムを準備して出しておきます。余計な時間を取らないためと、係員には「フィルム手検査を要求する客が来た」とあらかじめ分かってもらうためです。
  7. 係員に手検査を要求。海外空港で英語に自信がない場合も大丈夫。
    「This is a film for cinematography(photography),Do not X-RAY.Hand inspection please.」程度で十分通じます。フィルム以外の機材や物品は率先して検査機にお願いすれば混雑時以外は承認されやすいです。
  8. 自身は素早く金属探知ゲートを通過し、邪魔にならない場所で待機。ここで不用意に警報が鳴らないように金属品は忘れずに身体から外しておきましょう。
  9. 手検査をしてもらったら必ず御礼の言葉と感謝の気持ちを伝える。

一目で分かるよう洗濯ネットに入れたフィルム缶。表面にはイーストマン・コダック社の「DO NOT X-RAY」ステッカーを貼付しX線に弱いフィルムであることアピール。係員にフィルムであることと、検査機検査を希望していないことを瞬時に分かってもらえることが大切。

今まではこれらの対策のおかげか派手に感光したことはありません。しかしながら従来機でも検査回数が多ければ少なからず影響はあるようでISO400の写真用フィルムがかすかにカブリを生じたことがあります。通常の使用では気づかない程度のカブリですが背景が淡色や単色のときはやはり目立つので注意が必要ですね。

注意すべき点として写真用品店で販売されているフィルム用X線防止袋は絶対に使ってはいけません。X線防止袋を使うと検査機は正体不明の物品と認識、InVisionでは最大出力を誘因して取り返しのつかないダメージを受ける元です。通常検査機でも出力を上げる要因になり最悪の場合は感光することがあるため、フィルムを保護しようとして使うとやぶ蛇になることも。また精密検査のためにバッグの開封を求められるなど良いことはほとんどなく係員の心証にも良くありません。
X線防止袋は普段のフィルム保存用に活用するのが一番です。あまり知られていませんがフィルムは光のない暗黒に保存していても宇宙からの自然放射線によって徐々に感光しています。X線防止袋はこの被曝を軽減することができるので長期保存用アイテムとして有効利用ができるのです。

検査の際は身なりも重要で、きちんとした身だしなみほど手検査を受け付けてもらいやすい傾向があります。聞いた話では上位クラスの搭乗券も効果があるとかないとか…。たしかに第一印象が係員に与える影響は大きいと思うので、長期旅行等の場合でも不審者と思われぬよう小奇麗な身だしなみを意識しておきたいものです。


フィルムを持って楽しいフライトを!

誤解を防ぐために追記すると、検査機による影響を受けるのは未現像フィルムのみで、現像処理後のフィルムは問題ありません。またデジタルカメラやビデオカメラの記録媒体に関しても感光物質ではないので問題はありません。ですがカメラなどの精密機器や貴重品を受託荷物とするのはリスクが大きいので、いずれにしても機内持ち込みすることをおすすめします。

今回のニュースは制作者、空港関係者双方共にプロの仕事としては信じられないような珍事でしたが、実際にこういうことがあるんだという具体例となったと思います。損害額30万ドルという規模の大きさにも驚かされました。ドラマの撮影にビデオではなくフィルムを使用していることに驚いた方もいらっしゃるかもしれませんね。

余談ですが最初にこの記事を書き上げた直後、トラブルで全て消去してしまいました…。本記事は当サイトとしては長文の記事なので消えた瞬間は茫然自失…。第一稿はもっと長かったのです。内容がアレなだけに笑うしかありませんでした。皆様もお気をつけください!?

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コメント

月夜野さま
トラックバックどうもありがとうございました。
何度もTBしてもうまくいかなかったため、
遅くなりましたがお礼のコメントに参りました。
今後ともどうぞよろしくお願いします。

投稿: 便所男 | 2007年3月11日 (日) 07時56分

便所男さん、ご来訪ありがとうございます。

TBがうまくいかなかったとのこと、申し訳ございません。当方トラブル多発のココログだからでしょうか…?わざわざコメントをいただき恐縮でございます。

こちらこそ今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

投稿: 管理人:月夜野 | 2007年3月12日 (月) 11時24分

フィルムと検査機の関係の詳細なレポート驚きました。
非常に興味深かったです。
撮済みの35ミリ400缶が写ってましたけど
撮影関係のお仕事なんでしょうか。
未現のフィルム扱うのは大変ですよね。

投稿: まま | 2007年4月12日 (木) 07時34分

ままさん、ご来訪ありがとうございます。
フィルムと検査機については本職の方には当たり前のことばかりしか書いていませんけど、撮影者と空港側の双方の視点で記述をしてみました。意外にこういう視点は無いようだったので。

当方はとくに撮影関係の業務ではありません^^;それでもフィルムはよく使用しているので生フィルムの扱いは大変だと身にしみています(笑)。

投稿: 管理人:月夜野 | 2007年4月13日 (金) 00時04分

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