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2007年7月11日 (水)

File.95 箱の静的雰囲気

突然ですが英語で映画館を何というかご存知ですか?
「映画館」を一般的な英単語に訳するとMovie theater(theatre)Cinema、シネマコンプレックス(シネコン)はMultiplex Cinemaになります。劇場部分の設備構造はBoxで日本語に直すと「箱」となります。このように
映画館全体をCinema、劇場部分を設備や品質管理の見地からはBoxと呼ぶのです。

箱は映画館の劇場施設部分を限定して呼称する言葉です。7スクリーンを有するシネコンには7つの箱があることになります。一般的に日本で箱と言うのは映写関係者や映画館の設備に詳しい方が使用する独特の言い回しとなっています。
たとえば映像品質の高い映画館の話題なら「あの箱は映像が良いね」となります。箱の部分を映画館と置き換えればなるほど、意味は分かりますね。箱は映像や音響の性能を含め劇場部分に限定した範囲を表します。

今回の「箱の静的雰囲気」という表題は意味不明だという方がほとんどだと思います。これまでの記事と比較してマニアック度が高い内容となりますが、お付き合いいただければ幸いです。

本題に入る前に、劇場構造の変遷について簡単にお話しましょう。

箱=劇場構造はこの20年の間に大きく様変わりしました。特に映画の音響技術が大きく進歩して立体音響となり、アナログ録音からデジタル録音に…。その進化に対応するため、映画館は技術革新を進めて音響方式に対応できる性能を備える箱を開発していきました。

時系列で大まかに分類すると、1990年頃までの箱は場内残響を多めに残した設計が基本です(以下、旧式)。1990年代中期は進化過渡期にあたり、旧式と現在の箱の折衷的な設計が多く見受けられます。1990年代後半から現在は成熟した箱がスタンダードになりました(以下、新式)。新式の多くはTHXという劇場品質規格をベースにして、場内残響を控えた響きの少ない音響空間の構築が基本となっています。

このように基本的な傾向として設計が古い映画館は音の残響時間が長く、新しい映画館ほど短くなっています(一部例外も有)。現在のデジタル多チャンネルの音響方式はアナログ方式よりも格段に細やかなサウンドデザインが可能になったため、残響時間が長いと残響音が再生音を相殺してしまい、効果的な音響効果が生まれにくくなります。そのため現在の音響方式に対応するためには場内の残響時間を比較的短く設計し、音声がダイレクトに客席に伝わる造りにする必要があったのです。
旧式の構造は場内残響を多く取って箱全体に反射音と残響音を回すことにより、擬似的なサラウンド効果が発生したり臨場感を高めるなどのメリットがありました。旧式の箱でも設計と調整次第でデジタル音響を効果的に鳴らすことは充分可能です。

この違いは旧式と新式の箱における、場内の聴感特性の変化として表れます。通常は残響時間が長い箱のほうがどちらかといえば自然な聴感が得られるのに対し、新式の箱では耳が詰まったような感覚になります(参照 File.60 場内音楽)
理由は旧式の箱では吸音設備(音を吸収・無反射化する設備)をほとんど有していないのでお風呂場のように音の反響が生じる(実生活空間に近い特性)のに対し、新式は徹底した吸音を行って余計な残響音を排除しているため日常の音響特性とは異なり、音の響きの少ない空間になっているからです。

上映やBGMの再生がされていない無音状態の箱の場内聴感を、私は「静的雰囲気」と勝手に呼んでいます。旧式と新式の箱で雰囲気が異なるのは意識をすれば多くの方にも感じていただけると思いますが、残響時間を抑えた新式の箱同士でも設計や施工によって様々な違いを感じ取ることが出来ます。言うなれば箱の個性が存在すると言って良いでしょう。

以下に具体例をいくつか挙げてみようと思います※注(独断と偏見による感じ方の私見を記したのみです。箱の優劣や良し悪し、性能差を意味するものではありません。)

シネプレックスが誇る独自の劇場規格「HDCS」の箱は独特な静的雰囲気が存在しています。重厚な構造と高い吸音設備が生み出す場内の重たい雰囲気と閉塞感に個性を感じます。HDCSのダイナミックで迫力ある音響効果は、この静的特性によって実現している部分も多分にあると思います。

MOVIXのオリジナル劇場規格の箱は、いずれのサイトの箱に入ってもほぼ同様な静的雰囲気があります。劇場設計規格としてバラツキのない完成度の高さ、優れた施工と品質管理基準の表れでしょう。HDCSのような重たい雰囲気はありませんが、密な吸音が施されているので耳が詰まったような感覚は強く感じられます。

ユナイテッド・シネマの静的雰囲気はMOVIXに似ています。ただ、MOVIXに比べるとニュートラルと言うか多少自然な聴感があり、充分な吸音がなされているにも関わらず聴感上の違和感が少ない場内になっています。聴感の不快感が少なく、意外に居心地が良い印象を受けます。

特徴的なのが立川市のCINEMA・TWO。場内に入った途端に感じられるおよそ映画館らしくない聴感特性は他ではお目にかかったことがありません。旧式新式いずれとも違うオリジナルの音響特性がありますね。無理に例えるならライブ感(残響)あるライブハウス(SHIBUYA-AXなど)に少し似ているのですが、うまく言葉では表現できません。これは日常空間、映画館どちらにも感じられないもので、HDCSと並んで強烈な静的雰囲気を持つ箱のひとつです。
姉妹館であるシネマシティCITY1は新旧折衷の雰囲気をよく残し、シネコンでありながら旧式の面影を残す静的雰囲気を感じます。

TOHOシネマズの「Basis」箱は従来の同系列館の箱と比べて、高音域の通りがスムーズな印象を受けます。吸音処理で生じる沈みがちな場内雰囲気から少し距離を置いた、優しい居心地を感じられる静的雰囲気があるように思います。比較的、重たさを感じにくい場内空間になっています。落ち着いた赤系の内装材による視覚的効果もあるかもしれません。

以上は完全に個人的な感想に過ぎませんが、箱によって様々な個性や表情があることが伝われば幸いに思います。

映画館の構造は基本セオリーがあり、構造はどこも似ているものです。しかし実際には箱ごとの個性は確実に存在しており、それが再生音響の個性に影響しているのは間違いありません。
静的雰囲気の違いは様々なファクターが重なり合って生まれるのでここでの詳述は省きますが、
同じ箱でも座席の配列やメーカーを変えるだけで変化が生じるほど場内の音響特性は微妙なバランスで成り立っています。当然ながら映画館の運営会社ごとに技術ノウハウやテクニックが存在しているので、このさじ加減でも静的雰囲気は変化をみせます。

「そんなのどこも一緒だろ!」とお思いのあなた、今度映画館に出かけられる際はよーく耳を澄ましてみて下さい。そして違う会社の映画館にも行ってみてください。もしかしたら何か違いが感じられるかもしれないですよ。それは深遠なる映画館マニアへの第一歩かもしれません!

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コメント

月夜野さん、こんばんは。

映画館でしか味わえない独特の空気感ってありますよね。
その、劇場内の目に見えない雰囲気や空気の肌触りが、実は音響再生のための箱構造と関係があるというのは大多数の方はたぶん意識していらっしゃらないと思いますが、場内に入った瞬間や座席に座った時の居心地にも関係がありますよね。マニアックなようで意外に身近な話題かもしれません。

投稿: マモラ | 2007年7月15日 (日) 20時36分

マモラさんこんにちは。

そうですね。空気の肌触りとは的を得た鋭い表現だと思います。映画館によって居心地や雰囲気が異なるのはいろいろな要因がありますけど、場内の音響特性や設備構造の差は軽視できない影響力があります。

投稿: 管理人:月夜野 | 2007年7月16日 (月) 01時24分

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