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2007年8月16日 (木)

File.96 はじめての映写

映画館の仕事でいちばん地味な仕事の映写。今日は映写のお仕事について触れようと思います。

映写の基本的な仕事は映画上映機器の操作や上映準備をして映画を上映することです。設備機器の自動化が進んだおかげで現代は誰でも比較的容易に上映操作が行えるようになりました。

自動化が進んだとは言っても上映業務をコントロールするために人間の存在は不可欠です。上映機器の機能が高度化するのに伴って、映写作業の多くを機械に任せられるようになったとはいえ、細かな操作や準備作業は今も人間の手作業が生きています。

ベテランと呼ばれる映写技師にも入門者の頃がありました。皆、上司や先輩の指導を受けて経験を積み、一人前の映写技師へと成長していきます。映画『ニュー・シネマ・パラダイス』では主人公トトが映写の仕事を覚えていく場面があり、映写畑の者には感慨深いですね。
はじめて映写の仕事に就く方の多くが映写機の操作は未経験。懐かしい8mm映写機の経験がある方は大勢いらっしゃると思いますが、35mm映写機はほとんどの方がはじめてですね。多くの人が同じスタートラインから仕事を覚えます。

ビデオデッキやDVDプレーヤーと違い、フィルム映写機は扱いの習熟に時間を要すため映画館は映写研修要領に沿って新人研修を実施して一人前へと指導していきます。研修要領の内容は各映画館によって様々ですが、いずれも最終的な目標は“安全確実に高品質な映写業務を遂行できる”ことにあります。

・研修内容について

研修の際は最初に映写室と劇場内を見学してもらいます。映写室は一般に公開されることは稀ですから、映写を志望して入社した人ならば感動と興奮の連続かもしれないですね。シネコンでは広い映写室に映写機器がずらっと並んでいて壮観です。映写機と同様に映写室も近代化が進んだので『ニュー・シネマ・パラダイス』のような昔の味のある映写室はシネコンにはありませんが、室内が薄暗い他はいたって快適な環境が整備されています。

次に基本的な映写研修内容のガイドラインをご説明します。

映写研修は運転免許教習に似ていて、いわゆる「実技」「学科」の組み合わせで構成されています。
実技は映写機の取り扱いや音響機器の操作、トラブル対応などの身体で覚えていく内容が中心。学科は上映の仕組みや理論、サウンドシステムや機械知識など机上で覚える事柄となっており、研修の進め方は指導者によって個性や違いがあるのがおもしろいところです。なかにはロクに研修をせずに実務を任せてしまう映画館もあるらしいですが、作業内容に不安が残りますね。

・実技

映写機が自動化されているとは言っても、研修をせずに誰でもすぐ扱えるほど単純な構造ではありません。


映写機ってこんなふうになってるんです

画像の映写機は、フィルムのセット手順が比較的単純なモデルです。単純とは言ってもはじめて見る方には構造や機構はよく分からないと思います。映画を上映するには多数ある歯車やローラーの順序や方向を間違えないようにフィルムをセッティングしなくてはなりません。間違えると事故の原因になってしまいます。

映写機へのフィルムのセットは最重要項目。映写の基本なので繰り返し練習を行います。最初のうちはフィルムの経路が覚えられずにとても時間がかかってしまったり、誤ったセットを行ってしまうこともよくあります。
研修中に間違えることはとても良いことで、同じミスを繰り返さないためのステップアップにつながります。反復して練習をしているうちに身体が自然にセッティングを覚え、スムーズに作業が行えるようになり、同時に手順や作法に個人の多少の癖や個性が出てきます。

映写機のフィルムセットをマスターしたらオートメーション(映写機、音響システム、劇場内設備等の動作管理をするコンピュータ)の扱い方を学び、上映の開始から終了までの一連の流れをコントロールする方法を学びます。手動操作がメインだった昔は実技で覚えることが多かったのに対して、自動化された現在の映写機ではコンピュータの操作が多少なりとも求められます。

・学科

実技と平行して学科も学びます。覚えることや専門用語が多いので興味がない人には少し酷かもしれませんが映写に興味のある人は知識の吸収が速いように感じられます。興味のない人には関心を持ってもらうように工夫して研修を進めるのは指導者にとって大切な仕事ですね。仕事に対する興味を持ち合わせていないスタッフによる映写の運用はリスクを伴い品質管理面等で不安材料となるのです。

学科は実技をサポートする理論武装がメイン。その中心となるのは映写技師としての心構えや責任の重要性などのマインド面の教授と、映写機の機構や全体システムの構成把握、上映作業の順序やサウンドシステムおよびフォーマット等の実技に付随する知識の習得です。

お客様から映写の質問を受けたときに回答できるだけの知識は研修中にマスターしておくことが望ましいといえます。たとえばサウンドフォーマットの種類、スクリーンのサイズと客席からの視野、客席数などは日常的に問い合わせがある事柄なので映写以外のセクションも簡単な研修で学ぶことが多いです。詳しいお客様でない限りはこれ以上の難解な質問はないので基本的な知識だけで最初は充分です。覚えることが多い研修期間は、全てをマスターしようとするのではなく、習得内容を厳選して覚えていくことが上達への近道だと思います。

・実務

そしていよいよ実務デビューの日。
映写機の点検とセッティングを済ませて入場開始のシグナルをフロアスタッフに送ればお客様が続々と入場してきます。緊張のあまり心臓はバクバク…心拍数が極端に上がります。
上映時間直前に最後の点検を済ませるといよいよ上映スタートで緊張の一瞬!ファーストカットが銀幕に映写された瞬間の達成感は言葉では言い表せないものがあります。上映が無事に終了すると大変な疲労感はありますが同時に心地よい満足感で充足され、長い研修の疲れも吹き飛ぶことでしょう。

苦労してセットした映写機ではじめてスクリーンに映像が映し出されたときに「感動した」という話をよく耳にします。フィルムに焼き付けられている1コマ1コマの連続画像が映写機を使うことによって映画としてスクリーンに生命を吹き込む、その不思議な感覚を味わうのは映写ならではの醍醐味のひとつです。

映写の仕事を続けていくうちにこのような「はじめての映写」で味わった緊張感と達成感は慣れによって薄れていき、ベテランへと成長します。映写に携わる者はいつも緊張感を持って仕事をしたいものだと常々思います。そのほうが完成度の高い仕事になると考えています。

いかがでしたか?映写の仕事は覚えることが大変多く、慣れるまでは辛いこともあるかもしれませんが、興味のある方はぜひ映画館の求人募集に応募していただきたいですね。現在の映写の仕事は基本的に誰でもできるように簡略化されているので、研修を受ければすぐに上映業務は行えるようになります。

ただし、研修からの一人立ちはスタートラインに過ぎません。そこから“高みに上る=付加価値の高い映写”をお客様に提供できるかどうかはその後の個人の貪欲さと熱意にかかっています。映写の良し悪しが分かるお客様が増えて、映像・音響共に優れた映画館が意図的にチョイスされるのも珍しくなくなったことは、映写のレベルが映画館全体の評価に直結する時代になったことを意味しています。

高品質な映写による映像と音響は映画に生命を吹き込む重要な要素で映写技師としての大切な仕事。はっきり言って大変で、緊張する仕事だと思います。お客様に対して自負のある映写を行うには相応の緊張感が必要ですが、この繰り返しによって成熟した品質を誇る映画館が生まれてくるのではないかと思います。
我こそは!という方はぜひ映写の仕事に興味を持ってください。映写の仕事に必要なのはその熱意と興味なのですから。

制作者から映画を預かってお客様にお届けする。映写の仕事は映画の画竜点睛をつかどる夢のあるものだと個人的に感じています。映写が情熱と誇りを持って仕事に徹することで映画は完成し、日の目を見るのです。この責任ある仕事に力を注げる人こそ、“映画館の心臓・映写”に必要な人材と言えるのではないでしょうか。

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コメント

映写の仕事について興味深く読ませて頂きました。
姪がシネコンの映写室でバイトをしていることは前にも書いたかもしれませんが、こんな風な仕事をしているんだなぁと思いつつ。
大好きな映画の向こう側にはたくさんの人のプロの仕事と情熱が隠れているのですね。

投稿: Angelita | 2007年8月21日 (火) 23時53分

Angelitaさんこんにちは。お返事が遅くなり申し訳ございませんでした。

映写のお仕事については色々と書きたいことがあるのですが、分かりやすく紹介するのが難しくて筆がなかなか進みません…。

姪御さんもいまでは一人前になっていることでしょう。お仕事を楽しまれていることを願います!

投稿: 管理人:月夜野 | 2007年8月26日 (日) 02時09分

こんばんは。
毎度他では読めないような記事で楽しませてもらっています。

>高品質な映写による映像と音響

というのは、今更ながらの確認で申し訳ないのですが、フィルムに焼き付けられたものを、製作者の意図通りに映写するというようなことでしょうか。

最初、「焼き付けられた通りに正確に映写する」と書こうとしたのですが、フィルムはえいしゃの素材であって実際には映写する明るさや焦点の正確さなどは、映写する人の好みや腕に任されるところがあるのでしょうか。
今は機械がかなりの部分をこなしてくれるということですが、機械を必要な状態に設定しておけば機械がやってくれるということですよね。
映画館によっては、なんか画面が暗いとか焦点が甘いような気がするとかの原因は、なんでしょうか。

投稿: かわうそ | 2007年9月 4日 (火) 00時59分

かわうそさん、こんにちは。

>>高品質な映写による映像と音響
>というのは、今更ながらの確認で申し訳ないのですが、
>フィルムに焼き付けられたものを、製作者の意図通りに
>映写するというようなことでしょうか。

言葉足らずで申し訳ございません。この文章の意味はおっしゃる通りです。

映写業務の基本は、制作者が望んでいるであろうクオリティに近いコンディションで映画を提供することだと個人的に捉えております。結局のところ最終的な制作者のイメージというのは試写室などでチェックされるために、映画館では再現しきれないのです。そのため、厳密な再現は難しいといえます。

ご指摘の映写の明るさや焦点の正確さはご推察の通り、運用者の好みや腕に左右されます。
たとえば写真で例えると、同じオートフォーカスカメラを使っても、素人とプロが使うのではピントが全然違いますよね。露光時間の決め方もまったく異なります。結果として完成した写真の出来栄えは違いが生じてきます。映写の仕事というのはつまりはそういうものなのです。

機械化の件についてですが、これは映写の品質に関わる点というよりも作業の効率化に重点が置かれています。具体的に言うと照明のスイッチや上映プリントの自動巻取りやスクリーンサイズの変更などです。これらは昔は手動だったのですが現在ではオートになっています。

ご質問にある画面の暗さ・焦点の甘さは自動化されておらず、人間の手で調整する部分です。映画館の映像品質のほとんどは人間の手でしか調整できないようになっていて自動化されていません。よって運用者の意識ひとつで品質に差が出るのです。

画面が暗い原因はキセノンランプの寿命、リフレクターの汚れや歪み、ランプ焦点の調整不足、場内の明るさなどです。どれもマニュアル操作で調整しないと明るくはなりません。焦点の不正確な原因も同様に人の手で調整するしかありません。

本文中にある「“高みに上る=付加価値の高い映写”をお客様に提供できるかどうかはその後の個人の貪欲さと熱意にかかっています。」
「映写が情熱と誇りを持って仕事に徹することで映画は完成し、日の目を見るのです。」はどれもかわうそさんが指摘されているような部分を向上させるうえで大切な部分です。ひいてはそれを提供できることが「高品質な映写」として表現しています。

投稿: 管理人:月夜野 | 2007年9月 4日 (火) 03時57分

こんにちは。
今映写のアルバイトをしており、
この記事は大変、参考になりました。
といってもまだ3ヶ月の駆け出しの新人で、しかももう辞めようと思ってます。

バイトを初めてから、いままで一度も楽しいなーと思ったことが無かったのですが、この記事を読んでその理由がわかりました。

「研修」がなかったんです。私のシネコンには。いきなり実技でした。ですので3ヶ月たった今でも、
トラブル対処法をまったく教わっていませんし、トラブルを起こさないかどうか毎回不安です。また、なぜこれをやってはいけないのか、その部分が何を意味するのかも、初めのころ、そのつど適当に教えられただけで、体系的に教えてもらえませんでした。
見て、やりながら覚えろってな感じです。
専門用語もわからず、まったく自分の作業に自信が持てません。

この記事を読んでいて、他の劇場がうらやましくなりました。

投稿: DJ あいすまん | 2007年9月 7日 (金) 17時41分

DJ あいすまんさん、ご来訪ありがとうございます。

何だか大変そうですね。

>トラブルを起こさないかどうか毎回不安

ということはつまり、どういうときにトラブルが発生するかを教わっていないからではないかと思います。機材トラブルを除けば多くの場合は人的トラブルです。これを防ぐには入念なチェックと、正しい運用を身体で覚える必要があります。

>なぜこれをやってはいけないのか、その部分が
>何を意味するのかも、初めのころ、そのつど適当に
>教えられただけで、体系的に教えてもらえませんでした。
>見て、やりながら覚えろってな感じです。

体系的に教わる必要はないと思いますが、全体像を把握できない断片的な教育は単に学習者を混乱させるだけに終わる可能性があります。すべての作業には意味があります。この意味を、ひいては映写システムへの影響と関連させながら教えることは指導者にとって大切だと思います。

DJ あいすまんさんの職場がどういう状況・教育体制なのか分からないのでうまくアドバイスは出来ませんが、分からない点は出来る限り「分からない」と意思表示することも大切ですよ。不安をひとつひとつクリアして、知識や技術が上がっていくことはやりがいにつながります。不安先行の状態ではプレッシャーとストレスが勝ってしまって大変ではないかと思います。

一度、改めて研修のやり方を再確認してもらってみてはいかがでしょうか。3ヶ月ならまだまだこれから楽しくなる頃だと思います。映写のお仕事に対してどこか希望や熱意がおありでしたら、ぜひ上司にアクションされてみてはいかがでしょうか。

投稿: 管理人:月夜野 | 2007年9月 8日 (土) 03時32分

丁寧なご説明ありがとうございました。
機械化されている中で、どこまでが人の裁量に任されているのかよく分りました。
実はわたくし、「写真で例えると、同じオートフォーカスカメラを使っても、素人とプロが使うのではピントが全然違いますよね」という箇所を読んで、そうだったのかー!っと感心してしまう程度にこの方面、オンチのようです。はははは。(←カメラをいじることがほとんど無かったってことで)

次はFile.45へ跳んでみたいと思います。
いろいろ素人臭い質問で、どこから説明したもんか首を捻られることもおありかと思いますが、関係ありそうなFileに質問をくっつけてみようと思います。
私が知りたいような事は、きっと日本中に10人くらいはいるはずだ!
(数字はテキトーです)


投稿: かわうそ | 2007年9月 9日 (日) 00時38分

かわうそさん、こんにちは。

質問攻めに戦々恐々です。お手やわらかにお願いします…。

 管理人 月夜野

投稿: 管理人:月夜野 | 2007年9月 9日 (日) 02時13分

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